2021年11月10日水曜日

電車内での通り魔事件が発生したら

貴方の乗っている車両で刃物又を振り回している気狂いが居たら。または可燃性の液体を撒かれて着火されたらどうしますか?。

それ以前に、電車や新幹線、バスなどで同様の事案が発生したとき、貴方は何をしていますか?。普段の行動を思い出してください。

寝ていますか?。音楽を聞いていますか?。動画観賞ですか?。携帯ゲーム機やスマホでゲームをしていますか?。SNSをやっていますか?。いづれの場合でも周囲の音は拾えていますか?。

事が発生したときに誰かが声を発したとして、それが聞こえる状態ですか?。気付けるだけ周囲の動静に気配りできていますか?。寧ろ、気付ける性格ですか?。無関心ですか?。無神経ですか?。

複数同時の事に神経を裂けますか?。ひとつのことに集中すると周りが見えない人ですか?。周りの動線が見えていますか?。通路や入り口で井戸端会議しちゃって通行の邪魔になっていることに気づかない人ですか?。

認識可能な視野は広いですか?狭いですか?。動物的な周囲の情報を読み取る感覚を持っていますか?持っていませんか?。

これらは自分の生死を分かつ状況に対する危険感受性の有無を判断する基準です。


次に、貴方は相手が殺意を向けたときに跳ね返すだけの精神力を持っていますか?。

相手を圧倒する事ができる身体能力や体格を持っていますか?。本来の目的が相手を殺す。または無力化するための武術や格闘術を身につけていますか?。

貴方は襲われたときに防御に徹しますか?。逃げられるだけの俊足を持っていますか?。

それとも致命傷を避けるように急所を防御できる姿勢で相手に強烈な必殺の一撃または連打、連続攻撃を仕掛けられますか?。

貴方を悪意を持って殺そうとしている相手を殺せますか?。それとも躊躇することで防御に徹し、刺されまくって死にますか?。

自分を殺そうとしている相手に対して相手を傷つけまいとする行為は命取りです。せいぜい一般人にできることは防御か即死を避けてあちこち刺されるか斬られまくるくらいです。吹っ切れれば刺し違えてでもという捨て身の行動に出るかもしれません。しかし、躊躇が長引くほど攻撃を受け続け出血多量で負けは確定します。頭の切り替えのスイッチは壊れていませんか?。状況を理解して行動を起こせますか?。

そこそこできる人なら相手を気遣わず思いっきりぶっ飛ばすか、手加減無用で正当防衛の限りを尽くすことです。刃物を持ってる相手になら、素手の自分が手加減無用です。

格闘の達人では、相手を一瞬で組み伏せるか、気絶させるか、行動の自由を奪えるでしょう。かつ、逃げようとするなら犯人の命の危険がない程度に足を折るなど降参させられるくらいはできるでしょう。


一番重要な事を言いましょう。普段から貴方は有事を想定していますか?。
仮にここでそれが起きったら、どういう行動を取れるか常にシミュレーションしていますか?。
近くに防御に使用できる物はありますか?。武器に転用できる物はありますか?。逃げ道はありますか?。非常口はありますか?。動線は確保できますか。守るべき相手と一緒ですか?。ソロですか?。

鍛えていますか?。何か武術や格闘技経験はありますか?。習う予定はありますか?。

それとも黙って被害者になりますか?。

想定している人ほど事案には巻き込まれにくいもの。

想定していない人。無関係だと思っている人。こういうのに巻き込まれたら嫌だなと思っている人ほど巻き込まれやすいですよ。

私はツキノワグマだろうと、気狂いだろうと遭遇は想定しています。対峙したとき、襲われそうになった時にどうするかも含めそれが可能なのか、通用するか、地形効果はどうか。有利に働く状況を作り出せるか。近くに武器に転用できる物はあるか。

それ以前に準備できる事はないかも含め、全く微塵も想定していない人って、逆に何もできないのに無防備のまま怖くないんでしょうか。無力なのに周りに無関心というのは非常に脆弱過ぎです。

動物ですら弱いなら弱い事を自覚して行動し身を守ります。強い動物でも獲物を狙う時のリスクを天秤に掛けます。互いにリスクが大きいと争いは起きません。
せいぜい理性を失うか驚いたときに咄嗟に行動してしまうくらいです。

人間社会でも同じです。どんなに社会的地位が高くても、金持ちでも、頭が良くてもです。
肉体的に劣ったり、考え無しに行動すると簡単に死にます。巻き込まれても巻き込まれるまま成す術なしです。危険感受性ゼロです。

自分はニュースで起きたような事件や事故に遭遇したときに何をしているだろうか。
避けられるのか、防戦できるのか、制圧できるのか。自分を守れるのか。周囲への被害は抑えられるのか。誰かを守れるのか。どのように対処すべきかお浚いします

少なくとも、いま考えられる内に決めておこう。とっさの判断を誤ると出遅れて死にますよ?。

2021年11月2日火曜日

将来の可能性を広げるのは子供時代の勉強と選択

なりたい職業によって、必要な知識は異なるので、なりたい職業に必要な知識は、義務教育で習うものでは足りないものもある。

職業にはより専門性の高いもの。より高度な知識を要するもの。義務教育では一切習わない知識を要するもの。そして手先が器用である事を要求されるもの。身体能力、動体視力、筋力、柔軟性、バランス感覚が高いことを要求されるものなどがある。

義務教育ではその基礎となる読み書き計算を主として、他に社会人として必要な最低限の素養と基礎体力を付けるための準備段階。

しかし、義務教育では習うことが全く不要なものもあるけど、義務教育程度の学力も無ければ恥をかく事もある。恥を気にしなければ脳筋でも成れる職業もある。感性のみが必要な職業ならそれこそ何も要らない。だけどそれを形にしたり生業とするために義務教育程度の常識が無いとできないこともある。

進路を考える時期は、早くて幼稚園児。遅くとも中学まで。それ以降は、なりたい職業に必要な知識や体力を付けるための時間が足りないと言える。

義務教育以降では進路のために自分で学校を選ぶから、中学までに決めないと、目的の知識や技能を学ぶ機会が遅くなる。
専門学校だったり、専門の学習過程がある学校だったり、或いは弟子入りというより選択肢もある。

進路を決めるタイミングが遅くても、足りない時間を取り戻すだけの努力をすれば、目標に近づけるが、早めに決めたほうが後が楽という意味。

ダラダラと進路を先延ばしにした挙げ句、有名大学を出たのにニートやバイトなんて人は割と居るだろうし、子供の頃に自堕落をしていると貴重な時間を無駄にしてしまうという訳だ。

親が口煩く勉強しろとか将来はどーすんの?って聞くのはそういう事。理解してあげよう。

ただ、そう言うだけで進路の相談は先生が行なうものって思ってる親は多いだろう。でも、本当に大事なのは、子供の性格や得意なものをよーく知っているのは先生よりも親だ。

先生は生徒の将来を保証する義務はない。でも、親は子供の将来を決めないとニートになる。子供の面倒を一生見ることができる親は居ない。親のほうが先に逝くからだ。そうなればヒキニートは詰みである。

全てを周りのせいにしているヒキニートは、自分が変わらないと先はない。親は子供を導かないと一生子供の面倒を見る事になる。

何事も早い内に決めよう。親は子供とに対話でなりたい職業に必要な道筋を立ててあげよう。

親が無責任だったり馬鹿だと子供を導いたり納得されられない。馬鹿の基準は勉強の基準ではない。
今の世の中は、知りたいことなんてネットで検索すれば大抵のことが分かる。重要なのは賢さの方。

勉強が出来ない親だから子供が馬鹿になる訳じゃない。子供が自発的に楽しく勉強させられない親の説得力が残念だと子供も馬鹿になる。

馬鹿は遺伝しない。知能指数が遺伝によるものという研究結果があるが、先天性の天才と、後天的に努力で天才になった人には脳に違いはあるのだろうけど、結局は「何かを成した者」が勝ち。

多分だけど、何かを成す為には色んな経験や、色んなもの、色んなもの仕事、色んな場所に出掛けて、見て触れて感じる事で「何かに気付く事」が必要。幾ら天才でも、それを発揮する機会が無ければ普通の人と変わらない。

あと、誰もやらない。誰もがそれを手掛けるために面倒臭いことを敢えてやることかな。頭が良いけど不器用って人間は意外と多い。

先天性の天才を出し抜くには、敢えて他人がしない事を面倒がらずにやる事。気づきを得るために無駄なことを含む無意味な行動からヒントを得るという手段もある。

因みに、幼少期に行なわないと会得できないスキルもある。幸いな事に私は幾つかの希少スキルを幼稚園に入る以前に取得している。大人になってからそれに気付く事になったので、子供には出来る限り7才くらいまでに色んな場所で全身を使った経験をさせると良い。

なにせ、その後の向き不向きさえ決まってしまうのだから、休みの日には親子で外に出ることをお薦めする。

脳の栄養 ブドウ糖とラムネ菓子

昔はブドウ糖の結晶とか売ってたけど、なんの事はない。これがブドウ糖を含んでいるから、勉強やデスクワークの前に食せばいいだけのこと。
他社のものも同じ成分だから、懐かしい駄菓子で脳味噌に栄養を与えよう。

2021年10月27日水曜日

ストレスとリラックス

ストレスは自分が不得手とする状態が続いたり、例え得意でも肉体的、精神的に負荷が掛かり過ぎる事で起こる。

リラックスは逆に自分が好きなものに接したり、その状態が継続することで感じるもの。

人それぞれに得手不得手があって当然で、AさんとBさんとではストレスと感じるもの、リラックスできるものが真逆であっても不思議はない。

ところがこのストレスも、敢えて行うことで良い効果を得たり、リラックスのつもりが快適すぎると辛いと感じてしまうこともある。

肉体を酷使するのは普通は辛いが、一定のストレスが掛かると脳内麻薬のドーパミンが出て快感を得るという事象もある。
リラックスも度が過ぎると飽きたり退屈だったり興味が失せて逆に不快と感じるようになる。自分でやるのは好きだが他人に強制されると嫌いになることもある。

人間は、ストレスが全く無くても、癒やしが全く無くても駄目な生き物で、良いことばかり続いても飽きるし不安ばかりだと心が折れる。

マイナス面であるストレス解消に関しては、不得手や苦手、嫌いや辛いから逃げる、克服する、好きになるなどの対処方法が普通で、自己解決したり、得意な人にやってもらう。教えてもらって自分が出来るようになるなどで対処することが普通。

ただ、何から始めたら良いか。どうやって知ることができるか。他人に聞けない。相談できないなどで悩む人も居る。対人恐怖症の人なら対面で人に聞く事は難しいと思うので、ネットを利用すれば少しはハードルが低いだろうと思う。

面白い、楽しい、気分が高揚する、落ち着くと感じるプラス面については、脱力過ぎてモチベーションが落ち切ってしまい、そもそも何もしたくないと感じてしまうこともある。怠け者としての一面は人間だから当然ある。

実際は、そうなる前に気づけば良いと思うのだが、精神が不安定になってしまうと不安のスパイラル状態に陥って何もできなくなる。

ではどうするか。原因ごとに対処はあるのだが、それは人それぞれの趣味趣向のベクトルが違うので一概に何をしろとは言えないが、これだけは言える。

新しい発見や感動による心への衝撃。未体験など普段はしない事を始める。旅など日常の風景からできるだけ離れる。疲れるくらい運動で体を動かすこと。目的地を決めずにどこまでも歩くだけでも気付きがある。

自分はこれで何とかなった。これを始めるためには爆薬を爆発させるための信管のように起爆剤が必用。行動という大きな爆発を起こすための、衝動という心の小さな爆発。

「よし!やるか!」と決めたら1秒で行動を起こすこと。寝てたら直ぐに立ち上がること。何故なら10秒も経ったら面倒臭くなるから。

立つ。着替える。準備する。外に出る。歩き出す。始める為に必要なアイテムを頭に思い描く。実際に必要なものを買いに行く。揃える。直ぐに実行する。

後は勢いに任せて継続することで停滞からは脱出できる。途中で疑問を感じて止まると停滞に戻る。怠けていた時間が長いほど堕ちるのも早い。

達成感という気持ちは大事。ワンランク上の目標なり、極めるという選択も有り。これ以上することが無くなったら、新しい発見を求めて何かを始める。

全く無関係のカテゴリーの方が幅を広げる為には良い。いま、自分ができることのげんかいの少し先を目指せば上限が上がる感じで取り組むと良い効果が得られる。

概ね普通と言われる人が出来ない事を好んでやってきた私の場合は、知る楽しみと、成果物の仕上りと、達成感と、忘れた頃に受け取る評価が原動力だ。

今すぐ評価される事が目的ではない。後からこれ以上ない評価を得るほうが面白いのだ。気づいたら日本有数とか、日本屈指のとか、そんなものはやり始めて直ぐに評価されるはずが無い。だからこそ、やってて良かったというくらいの評価が得られるまで黙々とやる。満足できるまで。

きっと、そこまでやってきたら、嫌でも実力は伴ってる。やり甲斐があったと思える。楽しいと思うようになり、そしてまた、誰もやらないような面倒臭いことを地味に始めるのだ。

自分は何も得意なものがないと思ってる人は、単に何もしてこなかった人。例え変人と思われようが、変人にしか到達できない着地点がある。

何事も極めれば達人になる。他人が凄いと言っても自分が納得できなければゴールではないのだ。その他人が凄いと言っている先に行けた人だけが超えられる壁を突破したときだけ、自分にしか理解できない心理が見える。

これは何にでも当て嵌まる事じゃないかな。まあ、子供の頃は勉強を強制されて勉強なんてクソも面白くなかった私が、社会人になってから勉強好きになったというのもあるが、きっと、興味が湧いたものを始めるにあたりとことん調べて砕いて飲み込んで理解して手に取るように認識出来たら、そこがスタートかも知れない。

子供に言う無限の可能性という胡散臭い言葉があるが、最初は有限だけど、自分が可能性に気づくには、すでにある選択肢では無い何かを自分で見つけるしかない。

その何かが有限の先にある無限ではないかと。だとしたら、有限を知ることで無限の第一歩が見える。つまり、有限を知らないと無限に達せない。

だからこそ、今知り得る事を勉強しなさいと言わないと、無限の可能性に到れる訳がないのだ。
言葉を便利に使う前に、言う人間が何かの先駆者でもなければ説得力も無い。でも、言い換えれば、貴方はその何かを見付けられるだけの時間はあると付け加える事で導くことは出来るかも知れない。

私にはそれを言ってくれる人が居なかった。気付きは重要で、納得は目標に向かう為の努力の理由付けだ。

たぶん、今の私が、今の人格と知識を持ったままで幼稚園児までタイムリープしたら、とんでもないガキになるだろうと思う。

気付くということは、大抵は事前ではなく事後。最初から解決のための指針は無いのだから、誰かに貰うしか無い。

2019年4月20日土曜日

認知症+AT(特にプリウス)は最悪の凶器

「運転が楽になった分だけ集中力を安全運転に向ける」ということができない人が事故を起こすのかも知れませんね。
 楽に楽を上乗せして漫然運転を助長させちゃう人がたぶん、運転に対する思考力を低下させるのでしょう。

 最近あまり聞かなくなったけど、これを「自堕落」という。津軽ではこれを「怠け者」という意味で使ってる。

「ありがとう」と「すみません」が言えない人が多い

 スマホが道路に落ちていたのを見かけ、車に踏み潰される前に走って回収して交番に届けたが、お礼も言えない人が居る。どういう育て方をされたのか親の顔が見たいというのがこれに当たるのだろう。
 甘やかしというのか、躾ができていない人はこれからも増えるんだろうね。言い慣れていないから咄嗟にも出ない。印象最悪だと思われる原因を親も本人も作ってしまう。

 これって幼稚園に入る前には親から何度も教わるものだけど。

2018年1月7日日曜日

名乗れない病/名乗らない病

客か会社・店などかは関係なく、普通は入り口で誰かに用事があるときは、自分から名乗るものだが、「一方的に◯◯さん居ますか?」という人が結構多い時代になった。 「あの、失礼ですがどちら様ですか?」と聞き直されるのが普通であるが、多分、この名乗れない病の重篤患者は、名乗ることが基本的にできない精神疾患であると思われる。

このような人間はおそらく礼儀やマナー、常識といった部分が欠如していると思われ、面接などで訪れた会社で第一声がいきなり「◯◯さん居ませんか?」であった場合は不採用にしたほうが後々のためになるかもしれない。何故なら、そのような人は、営業などで訪れた際に、自分から名乗らずにいきなり本題に入る恐れがあり、商談が成立するはずもなく、教育ができていないという理由から御社のイメージが著しく傷つく可能性は確実だろう。

これについては若い人や年配の方に限らずどちらが多いとも少ないとも言えない割合。 年配でスーツでビシっとキメており、見た目はしっかりしていそうなのに、基本的な挨拶もできない「なんだこいつ?」が現代病として取り上げられる日も近いだろう。

軽SUVやSUV風軽が持て囃される傾向にあるが、目的を見失わないように。

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